デューデリジェンス(DD)

本項では、私的整理を進めていく中で実施されるデューデリジェンスについて説明いたします。

1 デューデリジェンスとは

私的整理がスタートすると、私的整理の対象となる会社について、デューデリジェンス(デューデリ、ディディと呼称することが多いです。本項では以下「DD」と表記します。)を実施することになります。DDとは、事業再生の対象会社に対する企業調査のことをいいます。DDは、対象となる分野に応じて、複数の種類がありますが、事業再生局面では、対象会社の経営成績や財務状態、金融取引や資金繰りの状況等を調査する財務DD、対象会社の企業組織、生産・販売活動、研究開発活動等を調査の対象とする事業DDを実施することが一般的です。MA案件など、事案によっては、対象会社の法的基本事項、重要な契約の内容、係争事件等の法的事項を調査の対象とする法務DDが実施されることがあります(主に買収側が実施します。)。
DDは、当該分野に知見を有する専門家に依頼することが多いです。財務DDについては、会計士、監査法人が、事業DDについては、事業系コンサルティング会社、中小企業診断士が、法務DDは、法律事務所(弁護士)DDがそれぞれ実施することになります。
DDで判明した調査結果は対象会社の再生可能性を判断するうえで大変重要な情報となりますので、公正かつ客観的に調査・報告される必要があります。

DD自体は、事業再生計画の前提になるものでもありますので、事業再生、特に私的整理の事業再生の知識、経験が豊富な専門家に依頼すべきです。全国的に私的整理の経験が豊富な専門家は多いわけではありませんので、その選定は重要になります。また、公正性の観点からも、選定プロセスは大事になります。従前から利害関係、取引関係を有しない専門家に依頼をしなければなりません(たとえば、会社の顧問税理士は会社の税務情報に明るく、一見、財務DDの適任者であるようにも思えますが、事業再生の経験や会計知識が豊富であるケースは必ずしも多くはないでしょう。また、従来からの取引関係、利害関係があることから、顧問税理士に財務DDを依頼することは不適当ということになります。)。

2 財務DD

(1)財務DDの目的

財務DDの目的を一言でいいますと、合理的な事業再生計画を作成するための数値面での根拠を提供することにあるといえます。
財務DDでは、会社の財産内容の精査したうえで、会社財産の評価を簿価ではなく、実態価値(時価)で把握する作業を行います。不動産については、不動産鑑定を実施して含み損益の有無、額を把握します。また、中小企業の場合、粉飾決算等のいわゆる不適切な会計処理がされている場合も少なくないので、当該処理を是正した正しい財務情報を算出します。簿外債務の有無は再生可能性にも影響しますので、簿外債務の調査も行います。これらの作業を通じて会社の実態純資産(より厳密にいえば実態債務超過額)を把握します。
事業再生計画では、対象会社の実態債務超過の解消プロセスを数値に落とし込んで作成していくことになります。金融機関に対しては、対象会社の実態債務超過の水準に応じて、適切な金融支援の実施を要請することになります。対象会社の実態債務超過がそれほど大きくなく、収益改善努力の実施によって実態債務超過が解消できる見込みの場合には、金融機関には支払い条件の緩和化(リスケジュール)を要請すれば足りるといえるでしょう。他方、対象会社の収益改善努力だけでは合理的期間内(たとえば5年以内)に実態債務超過の解消に至らない場合には、金融機関に対しては債権カット等による抜本的な金融支援を要請することが必要となります。

(2)財務DDの主要報告事項(中小企業再生支援協議会の「7つの指標」について)

中小企業再生支援協議会で実施される財務DD報告書では、「7つの指標」に関する情報を報告することとされております。
具体的には、①実質債務超過、②収益力、③フリーキャッシュフロー、④過剰債務、⑤債務償還年数、⑥非保全額、⑦税務上の繰越欠損金とされております。
「これらの指標は、この7つでいかなる場合も必要十分という意味ではなく、再生支援協議会手続において蓄積された『これらを押さえておけば、ほとんどの場合再生スキームの検討ができ、かつ、大まかな数値計画の策定が可能になる』という事柄を集約した、いわば実務の結晶である」とされております(藤原敬三『実践的中小企業再生論〔改訂版〕~「再生計画」策定の理論と実務~』(金融財政事情研究会、2015年)69頁)。

協議会関与案件でこれらの指標が活用されることはもちろんですが、たとえ協議会が関与しない案件であったとしても、これらの指標に準じた調査・分析が行われることが必要であると考えます。

3 事業DD

(1)事業DDの目的

再生局面での事業DDの目的は、対象会社の事業再生可能性を検証したうえで、経営の改善のために必要となる具体的な打ち手を検討するという点にあります。事業再生可能性を検証するにあたっては、窮境原因の分析とその除去可能性の検討が必要となります。窮境原因の除去可能性を検討する際には、いわゆるSWOT分析によって、対象会社の強みと弱みを把握して、事業再生のための経営戦略を示していくことになります。基本的な方向性としては、対象会社の強みを生かした改善施策と、経営上の問題点を解決、克服するための改善施策を構築していくことになります。これらの改善施策は、事業再生計画におけるアクションプランとして、具体的に数値計画に織り込まれていくことになります。

(2)事業DDの基本構成

 一般的には、以下のような構成とされております。

 ・対象会社の基本情報、ビジネスモデル・事業構造の把握

 ・外部環境分析

 ・内部環境分析

 ・SWOT分析

 ・事業再構築案の検討(事業計画の方向性の提示)

【参考】クロスSWOT分析

 

4 法務DD

(1)法務DDの目的

私的整理における法務DDは、対象事業者の現在の状況について、法的な観点から問題点を検出するために行うものをいいます。

法務DDの目的としては、再生スキームの実行に必要な手続及び法的障害の有無を確認することがあげられます。事業譲渡スキームの場合には、事業の継続に必要となる許認可を受け皿会社に移転承継させることができるかが問題となりますし、また、株主、事業主体の変更を伴う場合、いわゆるチェンジオブコントロール条項によって契約が解除される可能性があるかどうかといった事項を調査、検討することになります。

続いて、企業価値の算定に影響を与える法的問題点及び潜在的な経済的負担を検出することがあげられます。対象事業者について偶発債務が発生した場合には、一定の経済的負担が生じる点で企業価値にも影響することになります。偶発債務の典型としては、法的紛争の存在、顕在化していない保証債務などがありますが、そうした偶発債務の発生可能性であったり、その経済的な影響を分析することが必要となります。また、対象事業者の収益の源泉となっている重要な取引先との契約が打ち切られるとなると、収益力の低下によって企業価値に影響が生じることになり、ひいては再生可能性にも支障が生じることになりかねません。そういった取引上のリスクを分析することがあります。

上記のほかにも再生過程に有用な法的問題点の確認といった事項があげられます。再生局面に陥るような事業者にあっては、コンプライアンス上の問題を抱えていることも多くみられます。たとえば、各種規正法、業法に違反する業務を行っていたり、従業員の残業代が適切に支払われていなかったりするような場合があり得ます。事業再生の局面では、そうしたコンプライアンス上の問題の是正を含めて、経営改善に取り組んでいくことになります。

なお、中小企業の自主再建型の事業再生案件では、本格的な法務DDが実施されることは少ないです。しかし、中小企業の事業再生案件でも、スポンサー(買収側)による法務DDが行われることはままあります。

また、法務DDを実施しないケースでも、事業再生の検討の初期の段階で、最終的な事業再生イメージ(再生仮説ということもあります)、再生の障害となりうる事情を調査、検討しますので、法務DDの簡易版を実施していることになります。このような検討を踏まえて検出された論点、課題については、解決、克服するための具体的な打ち手を事業再生計画の中に反映させる形で取り扱われることになります。

(2)具体的な調査項目

法務DDで行われる調査項目の大枠は以下のとおりです。

 ア 会社組織

対象事業者の会社設立・存続についての法律適合性、会社機関及びその運営の適法性等が対象となります。

 イ 株式

株式の権利内容、株主構成、株式が適法かつ有効に発行されているか、株主とされている者が真の権利者であるか否か、その他会社法の規定が遵守されているか等が対象となります。

中小企業の場合、株券発行会社でありながら株券が一度も発行されたことがないこともしばしば見かけられます。再生スキームとして、スポンサーへの株式譲渡を実行する場合には、当該法的瑕疵の治癒まで対応することが必要となります。

 ウ 契約関係

再生スキームの実行時に問題となる契約条項としては、いわゆるチェンジオブコントロール条項(契約の一方当事者の支配権を有する者に変動があった場合、他方当事者に契約解除権を与えたり、かかる支配権の変動について他方当事者の事前承諾等を要求する条項)、競業禁止条項、他社の債務の保証条項、対象事業者が長期にわたって拘束される義務を定めた条項、違約金条項(賃貸物件解除の際の違約金等)等があります。これらの契約、条項がある場合には、事業再生計画の立案局面ないしは再生スキームの実行にあたって、具体的な対処法まで検討することが必要となります。

 エ 資産(知的財産権含む)

事業用資産のうち、不動産については別途不動産鑑定が実施されることになります。その他資産については財務DDで調査されることになりますので、法務DDで独自に調査すべき事項はそれほど多くはありません。

知的財産権については、それが事業にとって不可欠の要素となっている場合には、重要な調査項目となります。

 オ 債務・負債、担保

対象事業者の債務・負債の内容については、財務DDで調査されることになり、その過程で法的問題点が検出された場合に、法務DDで別途調査、分析することになります。

担保権は、保全債権額の計算上は重要となります。担保権が複雑に設定された物件がある場合には、割付額の計算方法が問題となることもあります。

 カ 労働関係

特に、未払残業手当の有無、過去にリストラが実施されていた場合には当該手続の適法性(いわゆる整理解雇の要件に準拠した手続が履行されたかどうか)が調査の対象となります。

 キ 許認可

事業の実施に必要な許認可がすべて取得されているのか、スポンサーへ事業を移転させる再生スキームを実行する場合には、当該取引実行に伴って必要となる手続の有無及び内容が調査されることになります。新しい事業主体に許認可の移転が可能な場合であっても、一定の時間を要することがありますので、行政当局との間でスケジュールのすり合わせなども重要です。

 ク 紛争

偶発債務を負うリスクとの関係で、係属中の訴訟については、敗訴の見込み、その場合の経済的負担について分析する必要があります。

 ケ 子会社・関連会社

グループ会社の全貌、グループ会社間での取引、グループ会社の整理を伴う場合の法的問題点の検討などを実施することになります。