民事再生と取引業者の保護

民事再生を申し立てると、通常、弁済禁止の保全処分も同時に申し立てますので、原則として、申立前は保全処分により取引業者への支払いができなくなります。また、民事再生手続開始決定後は、民事再生法85条1項により、取引業者の債権(再生債権の場合)の支払いができなくなります。こうなると、取引業者の中には連鎖倒産してしまうところが出てくることもありますし、そうでなくとも、今後の取引継続の拒否、支払条件の変更(例えば現金決済)を求めてくることがあり、事業に大きなダメージが生じてしまうことがあります。

こうならないために、窮境に陥った会社は、まずは取引業者を巻き込まない私的整理(私的再建)を検討するのが原則ですが、どうしても民事再生を申し立てなければならない場合にこれらの取引業者を保護することは出来ないか検討してみましょう。

1 申立て前の支払及び仕入停止

(1)偏ぱ弁済になるのは限定的

民事再生法の中では、一部の債権者のみに支払いをすることは原則として許されていません。また、民事再生申立前であっても、偏ぱ弁済は、否認権行使の対象となっております。
しかしながら、否認権行使の対象となるのは、あくまでも支払不能または支払停止の事実を債権者である取引業者が知って、弁済を受けた場合に限定されます(民事再生法127条の3Ⅰ①イ)。そこで、通常の支払期限に取引業者の債務を支払ったとしても、支払不能等の事実を知らなければ、否認権行使の対象とはならず、弁済等の効力が覆されることはありません。取引業者は、銀行と違い、債務者の会社の信用状態、資金繰りをチェックできませんから、現実には、否認権行使が問題となることは考えにくいものです。

支払期限前に業者の支払いをする場合には、支払不能30日前の弁済も否認の対象となります(民事再生法127条の31②)。ただし、この場合も取引業者がその当時他の債権者を害する事実を知らなかったときは、否認権行使の対象となりません。

※否認権の問題はクリアできたとしても、現預金という財産が減少する事態になるとの指摘はそのとおりですので、申立前の支払等が全面的に許容されるものではないことに十分な留意が必要です。

(2)仕入(発注)の停止

言うまでもないことですが、申し立てをすることを決意したのであれば、仕入れは停止すべきです。漫然と直前まで仕入れを続けていたとなれば、「取込詐欺」という批判を受けて、トラブルになってしまうでしょう。こうなると再建に協力を求めることも難しくなり、ひいては再生計画作成にも大きな支障が出てしまうこともあるでしょう。もちろんギリギリまで申し立てをするか否かで悩まれることもあろうかと思いますが、申立を検討し始めたら、仕入(発注)は慎重にするべきです。
例外的な案件かと思いますが、民事再生手続開始申立の取締役会決議後、これを秘匿して、1か月以上営業継続の上、仕入れを行っていた案件で、再生計画案作成・可決の見込みなしとして、申立が棄却された案件もあります(高松高判平成17年10月25日)。

2 弁済禁止の保全処分の例外としての弁済(民事再生法30条1項)

前述のとおり、民事再生の申立と同時になされる弁済禁止の保全処分により、原則として債権の弁済は禁止されますが、少額の債権は弁済禁止の保全処分の対象外とされる場合があります。たとえば、10万円以下の少額債権が弁済禁止の例外とされることがあります。これにより当該債権者は影響を受けないで済むことになります。
※民事再生を申し立てる会社の場合には資金繰りが厳しいことも少なくありません。保全の例外を安易に認めて資金が詰まってしまっては本末転倒ですので、保全の例外を許容して、少額弁済をすることが適当かどうかは事案ごとに判断します。

3 民事再生申立後開始前の仕入れ分(民事再生法120条1項2項)

民事再生申立後、開始決定前の仕入債務も「民事再生開始決定後」になると、「再生債権」となり、弁済ができなくなってしまいます(民事再生法85条1項)。(他方で、開始決定前の「保全期間」は、申立て以前の債務の弁済は、保全処分により禁止されますが、申立後で開始決定前は弁済禁止の対象外です。)
申立て後の取引債務が棚上げの対象となってしまいますと、取引先からの協力を取り付けることが困難となってしまいます。
そこで、開始決定前にこの債権の「共益債権化」をするために裁判所の許可または監督委員の承認をとります。実務上は、「包括的承認」をとり(民事再生法120条1項2項)、商品の仕入れ等の日常的な取引については包括的許可や同意を得ておきます。保全期間中に発生が予想される債務の種別及び概算額並びに共益債権化された仕入れ債務の支払いをしても「資金繰り」に問題がないことを説明した承認申請書を記載して、監督委員の同意を得ておきます。
なお、開始決定後の仕入れ債務は当然に「共益債権」となり、随時弁済が可能です。

4 手続円滑化のための少額弁済(民事再生法85条5項前段)

民事再生手続開始決定後は、再生債権の弁済は禁止されますが(同法85条1項)、債権者数を絞ることで、再生計画案の立案を容易にするなど手続な円滑な進行を図る趣旨で、一定の少額債権(たとえば10万円以下の債権)について、弁済禁止の例外とするよう求めることができます(同条5項前段)。実務的には、少額債権の例外の要件として設定された額(上記でいえば10万円)を超過する債権者であっても、当該超過部分を放棄することで少額債権の例外扱いとすることも多いです(たとえば債権額15万円の債権者について、5万円の放棄を受けることと引き換えに、10万円を弁済することになります。)。手続円滑化が趣旨ですので、債権全額について弁済がなされる必要があることに注意が必要です。

5 中小企業者の債権に対する弁済(民事再生法85条2項)

再生債権者のうち、再生債務者を「主要な取引先(販売先)」とする中小企業が、再生債務者の弁済を受けられなければ、事業の継続に著しい支障をきたすおそれがあるときには、再生債権の弁済を許可する制度があります(民事再生法85条2項、3項及び4項も参照のこと)。ちなみに、当該仕入れ先にとって、再生債務者への販売額が原則として20%を超えていれば、「主要な取引先」と認められると言われています。

6 事業の継続に著しい支障をきたす場合の少額債権の弁済(民事再生法85条5項後段)

取引業者との関係いかんによっては、再生債権を弁済しないと再生債務者の事業継続に著しい支障が生じることがあります。当該取引業者への支払いをすることで再生債務者の事業価値の毀損が防止され、当該取引業者の弁済をしない場合と比べて、他の再生債権者の債権回収額が増大する(弁済率向上)関係が認められれば、裁判所の許可を前提に、弁済を行うことが可能です(民事再生法85条5項後段)。一般論として、手続円滑化のための少額債権(同法85条5項前段)と比べて、大きな額も「少額債権」として認容される可能性があります。当事務所が扱った事例でも、負債総額10数億の案件で7000万円程度の債権(広告業者)について少額債権として扱ってもらった事例(参考事例)があります。

7 再生計画上の少額債権弁済に関する別段の定め(民事再生法155条1項但書)

再生計画は平等であることが原則ですが、少額の再生債権については、別段の定めをすることが可能となっております(同法155条1項但書)。そこで、一定額(たとえば10万円)については、全額を保全扱いとすることが可能です。これはどちらかというと取引業者の保護という観点よりも少額の取引債権を有する債権者に再生計画に同意してもらうために(頭数を揃えるために)活用することが多いと感じています(たとえば、少額要件を10万円に設定した場合、10万円以下の債権者については全額を返済することになりますので、協力を得られやすくなります。)。