事業再生型の特定調停スキームとは

当事務所弁護士は、特定調停を活用した事業再生にも積極的に取り組んでおります。特定調停スキームの概要等は以下のとおりです。

1 事業再生型特定調停スキームが運用されるに至った経緯

2013(平成25)年4月末の中小企業金融円滑化法終了後も、倒産の危機に瀕している中規模以下の中小企業は多数存在しており、私的整理による事業再生のニーズが高まっていたことを契機として、最高裁判所、日本弁護士連合会、中小企業庁等の関係団体の調整を経て、2013(平成25)年12月、中規模以下の中小企業の再生を図るプラットフォームとして、特定調停の事業再生型運用(以下、「事業再生型特定調停スキーム」といいます。)が開始されました。

2 民事調停の特例であること

特定調停は、民事調停の特例として、支払不能に陥るおそれのある債務者の経済的再生に資するため、金銭債権に係る利害関係の調整を促進することを目的としています(特定調停法1条)。通常の民事調停と異なり、①「財産の状況を示すべき明細書その他特定債務者であることを明らかにする資料及び関係権利者の一覧表」を提出することが義務付けられ(特定調停法3条3項)、②調停委員は「事案の性質に応じて必要な法律、税務、金融、企業の財務、資産の評価等に関する専門的な知識経験を有する者」となっており(特定調停法8条)、③調停の内容は「公正かつ妥当で経済的合理性を有する内容のもの」という要件を満たしたものでなければならないですし(特定調停法15条、17条2項、18条、20条)、④民事執行手続を停止する措置が民事調停の場合より広く認められており(特定調停法7条)、⑤調停委員会が作成した調停条項をもって当事者が合意したものとみなすことが出来るとされており(特定調停法16条、17条)、⑥同一申立人にかかる複数の債権者の事件はできるだけ併合して行うこととされ(特定調停法6条)、⑥土地管轄がなくても他の管轄裁判所へ移送し、または自ら処理することが出来る(特定調停法4条)などの特徴があります。

3 事業再生型特定調停スキームの特徴・意義

  1. 事業価値の毀損が生じにくい私的整理であること
    中規模以下の中小企業は、事業規模、事業価値がいずれも小さいことから、ひとたび風評被害が生じると、事業再生を進めるどころか、事業継続すら困難になってしまいます。そのため、中規模以下の中小企業のための事業再生のための手続としては、金融機関のみを相手とし、事業価値の毀損が生じにくい私的整理が望ましいと言えます。
    事業再生型特定調停スキームは、金融機関のみを対象とする準則型私的整理の1つと言えますので(事業再生税制で言うところの準則型私的整理とは違った意味になります。)、事業価値の毀損が生じにくいと言えます。
  2. 調停委員の関与があること、公正かつ妥当な解決を図りうること
    私的整理の計画が成立するためには、全金融機関の同意を得なければなりませんが、事業再生型特定調停スキームは、比較的金融機関の納得感を得やすい手続と言えます。なぜなら、事業再生型特定調停スキームは、裁判官や事業再生の専門的知識経験を有する調停委員(特定調停法8条)という公正中立の第三者の仲介を受けること、代理人弁護士との事前協議を前提としていることから、金融機関側の意向を反映させることが可能と言えるからです。
    しかも、調停の内容は公正かつ妥当で経済的合理性を有するものでなくてはならないとされており(特定調停法15条、17条2項、18条)、その意味でも金融機関の納得感を得やすいと言えます。
  3. いわゆる17条決定
    民事調停法17条の規定に基づく決定(いわゆる「17条決定」)を得ることは、他の私的整理にはない特徴と言えます。民事調停法17条は、裁判所が、民事調停委員の意見を聴き、当事者双方のための公平に考慮し、一切の事情をみて、職権にて、当事者双方の申立ての趣旨に反しない程度で事件の解決のために必要な決定をすることが出来ると規定しています。この決定の告知から2週間以内に異議がなければ当該調停条項は裁判上の和解と同一の効力を生ずることから(民事調停法18条5項)、調停条項に対して積極的な賛成もできないが、積極的に反対をするつもりもないという債権者がいる場合に大きな威力を発揮することが期待されます。
  4. 明確な数値基準がなく、要件が緩やかである分、間口が広いこと
    事業再生型特定調停スキームは、比較的小規模な企業を想定していることから(概ね年間売上(年商)20億円以下、負債総額10億円以下の企業)、いわゆる数値基準は定められておらず、要件も極めて緩やかです。
  5. 認定支援機関も活用しうること
    経営改善支援センターに申請することにより、その費用(計画の策定費用、事業DD費用)のうち、3分の2を上限とする最大200万円までの支払を受けることが出来ます。
  6. メインバンク不在でも活用できること
    中規模以下の中小企業は、メインバンクが存在しなかったり、すでに信用保証協会が代位弁済していたり、サービサーに債権が売却されるなどして、メインバンク不在の場合が少なくありません。
    事業再生型特定調停スキームは、メインバンクの支援表明等が必要とされておらず、債務者企業及び代理人弁護士が主導して再生計画を提示することが想定されていますので、メインバンク不在の場合でも活用できる点が特徴と言えます。私的整理は金融機関の理解と協力が出来ませんので、その点、誤解してはならないのは言うまでもありません。
  7. 債務名義となること
    調停条項は債務名義になりますので、返済を怠った場合には、金融機関は裁判所の判決を得ずに強制執行できます。債務者側にとっては、心理的プレッシャーとなりますので、債権者にとっては、履行確実性が高まるメリットがあります。
  8. 個人事業主の過剰債務の処理としても有用であること
    事業者が法人であれば、いわゆる「第二会社方式」を活用し、事業を会社分割または事業譲渡により新会社に承継させ、過剰な金融債務は旧会社に残したうえで特別清算手続等により債務免除を受け、過剰債務の整理を図ることが多いと言えます。
    これに対し、個人事業主の場合、事業譲渡を行うことは可能ですが、残された過剰な金融債務について特別清算手続を活用することが出来ません。また、債務免除を受けると、債務免除益の処理が問題となるところ、事業再生型特定調停スキームにより債務免除を受けた場合は、「その他資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合にその有する債務の免除を受けたとき」(所得税法44条の2第1項)に該当すると考えられ、債務免除益課税の問題が解決できるとされています。
  9. 税務メリットも一定程度認められること
    一定の条件を満たせば、債務免除について債権者側にて無税償却が認められていますし、債務者側においても期限切れ欠損金を免除益に充当することが認められています(国税庁「特定調停スキームに基づき策定された再建計画により債権放棄が行われた場合の税務上の取扱いについて」)。他方で、企業再生再生税制は活用できませんので、注意が必要です(企業再生税制が活用できる私的整理)が、これは再生支援協議会の事案の多くも同じ話です。実務的には、第二会社方式で対応することが一般的です。

4 事業再生型特定調停スキームの手続

日本弁護士連合会において、事業再生型特定調停スキームの手続について、「金融円滑化法終了への対応策としての特定調停スキーム利用の手引き」(以下、「利用の手引き」と言います。)を策定し、申立書や添付資料・調停条項案などの書式とともに公表しています。経営者保証に関するガイドラインとの一体整理も可能です。

5 事業再生型特定調停スキームが利用された実例

事業再生型特定調停スキームが利用され、事業再生を図った事例も徐々に公表されています。

  1. 個人事業主が営むホテル事業を第三者に譲渡した事例(法人、保証人一体型)(大宮立、増田薫則「ホテル事業を営む個人事業主について中小企業版特定調停スキームを利用して事業の再建を行った事例」事業再生と債権管理152号128頁参照)
  2. 老舗の温泉旅館事業を第三者に譲渡した事例(法人、保証人一体型)(若槻良宏、上遠野鉄也、輪倉大流「地元の金融機関が主導し、特定調停手続を利用して、地方の老舗旅館を第二会社方式により再生させ、代表者の保証債務を『経営者保証に関するガイドライン』に基づき整理した事例」事業再生と債権管理154号119頁参照
  3. 従業員への事業承継型の第二会社方式(収益弁済型)の事例(法人、保証人一体型)(堂野達之、桑先佑介「特定調停手続に基づき、事業を承継した新会社が債務の一部を引き受けて旧会社は債務免除を受け、経営者保証人は『経営者保証ガイドライン』により所有不動産を残しつつ保証債務の免除を受け、主債務と保証債務を一体的に整理した事例」事業再生と債権管理154号103頁)。
  4. 自主再建型の第二会社方式(収益弁済型)で再生した事例(法人単独型)(事例紹介3ないし「私的再建の手引き第2版」第13章参照)。