賃金の法律問題

賃金に関する紛争は、労働問題の中でも頻繁に生じるところです。ここでは、賃金に関する諸問題について、述べていきます。

1 賃金とは

労働基準法上の賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者がる同社に支払う全てのものをいいます(労働基準法11条)。
結婚祝い金や病気見舞金等に関する給付であっても、労働協約、就業規則、労働契約等によってあらかじめ支給条件が明確にされており、それに従い使用者に支払義務のあるものは、労働の対償として賃金として扱われます。退職金や賞与も、労働協約、就業規則、労働契約等でそれを支給すること及び支給条件(時期、額、計算方法等)が明確に定められ、それに従って使用者に支払義務のあるものは、賃金と認められます(住友化学事件 最三小昭和43年5月28日)。

2 賃金に関する諸原則

労働基準法24条1項で、以下の原則が定められています。

  1. 通貨払の原則
  2. 直接払の原則
  3. 全額払の原則

なお、③との関係で、使用者からの相殺等につき、問題となります。労働基準法17条で、「使用者は、前仮金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。」と規定されていますが、使用者が労働者の債務不履行や不法行為を理由とする損害賠償請求権を自働債権として、労働者の賃金債権と相殺できるのでしょうか。
この点につき、判例は、全額払の原則は相殺禁止の趣旨をも包含するから許されないとしています(関西精機賃金請求事件 最二小判昭和31年11月2日、日本勧業経済会事件 最大判昭和36年5月31日)。

3 割増賃金の問題

労働基準法が定める割増率は、下表のとおりです。これは、あくまで労働基準法が定める最低基準ですので、これを上回る割増率を労働協約や就業規則で定めていた場合には、これら規定に従うことになります。

  深夜労働以外 深夜労働
法定時間内労働 25%
法定時間外労働 1月45時間以内 25% 50%
1月45時間越
60時間以内
25%(もっとも、25%超にするよう努力義務) 50%
1月60時間越 50% 75%
法定休日労働 35% 50%

4 未払残業代の問題

未払残業代の請求は、とてもよく発生する問題です。労働者の請求に対して、使用者側から以下のような反論が出されることが多いですが、これら使用者側の主張は、裁判所では容易には認められません。

① 管理監督者に該当するため、残業代が発生しないという主張

管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者のことで、名称にとらわれず、実態に即して判断されます。
管理監督者にあたる者には、就業規則や労働契約で特別の定めをしない限り、法定時間外労働、法定休日労働に対する割増賃金を支払う必要はありません。
管理監督者性が争点となった裁判例は多数ありますが、管理監督者性を肯定した裁判例は多くありません。裁判所では、役職名に関係なく、職務内容・責任、労働時間管理の態様、処遇等の実態に照らして総合的に判断しています。過去に、銀行の支店長代理や、ファミリーレストランの店長、生産工場の課長が管理監督者にあたるか、争われたことがありますが、裁判所は、個別の実態に照らして総合的に判断し、いずれも管理監督者にあたらないとしています。

② みなし割増賃金(固定残業代)が定められているため、未払残業代は発生しないという主張

みなし割増賃金とは、法定時間外労働、法定休日労働、深夜労働に対する割増賃金を、あらかじめ低額の手当等の名目で、あるいは基本給の一部として支給する制度です。使用者側から、未払残業代請求事件で、役職手当分に残業代が含まれているとする主張がなされることがあります。
判例において、みなし割増賃金自体を否定していません。ただし、中途半端なみなし割増賃金規定になっている場合、この規定自体が否定され得るので注意が必要です。
まず、法所定の計算方法によらず、固定して割増賃金として支払うためには、「割増賃金相当部分とそれ以外の賃金部分とを明確に区別」する必要があります(テック・ジャパン事件 最一小判平成24年3月8日)。そして、「定額残業代の支払が許されるためには、①実質的に見て、当該手当が時間外労働の対価としての性格を有していることは勿論、②支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示され、定額残業代によってまかなわれる残業時間数を超えて残業が行われた場合には別途精算する旨の合意が存在するか、少なくともそうした取扱いが確立していることが必要不可欠」と述べる東京地裁の裁判例(アクティリンク事件 東京地判平成24年8月28日)もあります。
単に部長や課長という役職者というだけで、残業代を支払っていない場合は、規定自体を見直すべきでしょう。

5 賃金請求権の消滅時効

退職金以外の賃金請求権の消滅時効期間は2年間、退職金請求権の消滅時効期間は5年間です(労働基準法115条)。

  1. 当分の間、中小事業主の事業については、適用がありません(労働附則138条)。