採用時の労働問題

従業員の採用については、契約という観点からみると、労働契約の成立としてとらえられます。
労働契約の成立をめぐっては、様々な法規制がなされていますが、ここでは、採用時において重要と考えられる法的問題に絞って解説いたします。

1 採用の自由

採用については、一般的に使用者に広い自由が認められています。すなわち、企業は、どのような者をどのような条件で雇用するかにつき、契約の自由の一種として自由に行うことができます。
もっとも、近年、採用の自由に関しては立法等によって規制されてきています。主な立法規制として、以下のものが挙げられます。

  1. 障害者雇用促進法では、一定範囲の事業主に対して、一定の割合(雇用率)以上の障害者を雇用することを義務付けています。
  2. 男女雇用機会均等法では、男女を問わず、性別にかかわりなく採用・募集に関して均等な機会を与えることを義務付けています。
  3. 雇用対策法では、年齢にかかわらず募集・採用の機会を与えることを義務付けています。

その他、厚生労働省の指針(平成11年労働省告示第141号)でも、「人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項」「思想及び信条」「労働組合への加入状況」に関する情報を収集してはならないとされています。

2 労働条件の明示

労働基準法15条1項は、使用者は労働契約の締結に際し、賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならないと規定されています。この規定を受け、労働基準法施行規則5条で、労働条件の明示事項が定められています。採用時にあたって労働契約書を交わすことまで要求されていませんが、以下の事柄は、書面(そのうち一部は、口頭で足りるとされているもありますが、「言った、言わない」のトラブルを防ぐためにも書面での交付が望ましいです。)での明示が要求されています。

絶対に書面で明示する
必要がある事項
(絶対的明示事項)
  1. 労働契約の期間、期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
  2. 就業場所
  3. 従事する業務
  4. 始業時刻及び終業時刻
  5. 所定労働時間を超える労働の有無
  6. 休憩時間、休日、休暇に関する事項、就業時転換に関する事項
  7. 賃金の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払いの時間、昇給に関する事項
  8. 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
規定がある場合に
書面または口頭で明示する
必要がある事項
(相対的明示事項)
  1. 退職手当に関する事項
  2. 臨時に支払われる賃金、賞与等、最低賃金額に関する事項
  3. 労働者に負担させるべき食費、作業用品などに関する事項
  4. 安全及び衛星に関する事項
  5. 職業訓練に関する事項
  6. 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
  7. 表彰、制裁に関する事項
  8. 休職に関する事項

3 採用内定と採用取消の問題

(1)採用内定の法的性質

採用内定の法的性質は、「始期付・解約権留保付労働契約」と考えるのが、判例上確立しているといえます(大日本印刷事件 最二小昭和54年7月20日)。労働契約が成立しているといっても、実際に就労するのは、例えば新卒者の場合、卒業後の4月からとなりますので、「始期」が付いていると考えられます。また、卒業が出来なかった場合や、病気、けがなどで正常な勤務が出来なかった場合、内定を取り消す権利が留保されているので、「解約権留保」が留保された労働契約と考えられます。

(2)採用内定取消と法的問題

採用内定の法的性質は、⑴で述べたとおり、「始期付・解約権留保付労働契約」であり、内定取消しは使用者による解雇になりますので、使用者の一方的な取消は認められず、「留保解約権」行使の適法性が問題となるところです。
判例上、内定取消が許されるのは、「解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるもの」に限られます(大日本印刷事件 最二小昭和54年7月20日)。単に、内定者がグルーミーな印象(陰気、憂鬱な印象)で困るといった程度では、内定の取消は適法と認められません(同判例)。雇用継続が困難な重大な経歴詐称があった場合、健康診断で異常が発見され業務に耐えられないものといったような事情があった場合、内定の取消は認められることになります
また、使用者の恣意的な内定取消は、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求が認められます。

4 試用期間と本採用拒否の問題

(1)試用期間の法的性質

試用期間を定める企業が多いですが、判例は、試用期間の法的性質を「解約権留保付労働契約」と解しています(三菱樹脂事件 最大判昭和48年12月12日参照)。
すなわち、判例は、試用期間も労働契約であるものの、試用期間中は「使用者には労働者の不適格性を理由とする解約権が留保されている」と考えています。

(2)本採用拒否の問題

試用期間の法的性質は、⑴で述べたとおり「解約権留保付労働契約」であり、本採用拒否は使用者による解雇になり、「留保解約権」行使の適法性が問題となるところです。
三菱樹脂事件では、「解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認される場合にのみ許される。」としています。ただし、同判例は、「留保解約権については、通常の解雇よりも広い範囲において解雇の事由が認められる」とも述べています。とはいえ、単に勤務成績や労働能力が平均より低いことや、陰気で会社内の雰囲気に溶け込めいとの理由では本採用拒否は認められないでしょう。

5 採用後の差別的取り扱いの禁止

労働基準法3条で、「使用者は、動労者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」と規定されています。これは雇い入れ後の労働条件の差別的取扱を禁止する規定であって、労働者の雇入れに対しての規定ではありません(三菱樹脂事件 最大判昭和48年12月12日参照)が、留意することが必要です。