私的整理の意義・民事再生と比較したメリット

そもそも私的整理とは何でしょうか。民事再生に比べたメリットはどのようなものがあるのでしょうか。

1 私的整理の意義

私的整理とは、倒産の危機に瀕した事業者について、破産法・民事再生法といった法的倒産処理手続(法的整理)によらずに、債権者と債務者との協議によって、債権債務関係を処理する手続のことを言います。一般的には、対象とする債権者は、金融機関のみとして、一般商取引債権者やリース債権者は取り込みません。私的整理には事業再生型と廃業支援型の2つがありますが(私的整理の類型参照)、本稿では、特に注記のない限り、事業再生を目的として行われる私的整理について説明することとします。

2 私的整理のメリット

(1)事業価値の毀損を回避することが可能であること

私的整理も民事再生も、事業者(債務者)の事業の再生のために、債権者に対して、支払いの猶予、返済条件の変更、場合によっては、債権カットを含めて、権利変更を要請する点では同じです。
しかし、民事再生では、すべての債権者を対象債権者として手続に取り込むのに対して、私的整理では、原則として金融機関のみを手続に取り込む点に違いがあります。私的整理では、通常、仕入先・外注先といった商取引債権者は手続の対象から除外されるので、民事再生のように、対象事業者が倒産の危機にあることが広く知れ渡ることはありません。銀行には銀行秘密がありますので、外部に情報が洩れる心配が低いのです。そのため、私的整理をしていることを理由として取引先から取引拒絶、支払サイトの短縮、保証金の要求といった不利な要求を迫られることもありませんし、従業員の離散、顧客離れ等の事業活動に支障が生じる可能性も低いといわれております。このように、事業価値の毀損が生じにくいことが私的整理の最大の特徴といえます。

(2)社会に対する負の影響を抑えることが可能であること

前述のように、私的整理では、金融機関以外の債権者を取り込まずに進めることができますので、仕入先等の商取引債権者を巻き込んだ連鎖倒産が生じる可能性を回避することができます。また、民事再生のように広く顧客、得意先に知られることもありませんので、無用な社会的混乱を回避することも可能です。
また、無事、事業再生が実現できた場合には、健全事業として存続することが可能となりますので、雇用の確保に加え、地域経済の活性化にも貢献することが見込めます。

(3)再生計画の設計に自由度があること

民事再生の場合と異なり、私的整理では再生手法についても法律上の決まりがあるわけではなく、債権者との協議を通じて、対象事業者の抱える経営上の課題に対して、柔軟かつ適切な再生計画を立案、実行することが可能です。
たとえば、民事再生の場合ですと、債権カットを伴うことが通常ですし、債権カット後の弁済期間については、最長10年間というルールがあります。債権者平等原則も比較的厳格です(ただし、商取引債権者を保護するための一定の例外あり)。

これに対し、私的整理の場合には、後述するように、債権カット以外に財務内容を改善させるための手段がありますし、弁済期間についても期限が決まっているわけではありません(もっとも、いわゆる準則型私的整理手続にあっては、一定の数値基準を充足する事業再生計画を作成することが必要とされる場合があります。)。債権者平等原則も民事再生に比べれば柔軟な面があります。

(4)金融機関との関係を正常化しやすいこと

一般的に、民事再生の場合は、事業計画は事業者(債務者)側が単独で作成して、内容としても、債権カットのみを規定することが多いです。債権債務の調整、つまり債務整理を行うことを主目的としているといっても過言ではないと思います。そもそも民事再生の場合、対象債権者の数が非常に多く、金融機関は債権者の一人という立場になってしまい、債権者との接触機会も相対的に低下してしまうわけです。また、民事再生の場合、自己査定における債務者区分は、申立直後は破たん先となってしまい、貸倒引当金を最大に積まなければならないということです。
これに対し、私的整理では、対象となるすべての金融機関から同意を得るために、十分な情報開示と事業計画の丁寧な説明が必要となります。また、主力金融機関の意向を取り込んだ事業計画を策定することになります。財務DDのみならず事業DDも実施し、債務整理だけではなく、事業改善に取り組みます。金融機関が一体となって事業再生に取り組むことができることから、金融機関との関係性が正常化しやすいと言えます1。つまり、私的整理において再生計画が立案されれば、債務者区分が向上する可能性が高いと言えます。たとえば再生支援協議会の場合、中小企業再生支援協議会事業実施基本要領というルールが定められており、①5年以内の債務超過解消、②3年以内の経常黒字化、③実質的な債務超過を解消する年度における有利子負債の対キャッシュフロー比率が10倍以下というルールがあります。かかる基準を満たす計画が立案できれば、債務者区分の上方遷移、たとえば破たん懸念先からその他要注意先にランクアップが出来ることとなり、引当金の戻り益が出るだけでなく、不良債権比率が改善することが可能となります。

(5)金融機関としても経済合理性が高くなりやすく、実行可能性も高くなりやすいこと

民事再生の場合、事業価値の毀損が生じやすいことに加え、10年弁済という弁済期間の縛りがあるため、弁済額は小さくなりやすい面があります。金融機関から見れば、債権回収が小さく、経済的合理性が比較的小さいということになります。
これに対し、私的整理の場合には、事業価値の毀損が生じにくいことに加え、弁済期間の縛りもないため、弁済額は大きくなり、金融機関にとっての債権回収額が極大化(経済合理性が高く)しやすいと言えます。
ところで、金融機関にとって経済合理性が高いと言うと、破産した場合よりも多くの回収が出来るという意味で使うことがありますが、これは当該企業のみを考えた狭い意味の経済合理性の話です(狭義の経済合理性)。しかし、私的整理のメリットは協議の経済合理性だけにとどまりません。①地域経済への悪影響が生じないことに加え、②当該企業が法的整理となった場合の同社の従業員向け住宅ローンに影響が生じないこと、③取引先への連鎖倒産による自行先向け融資の回収等に悪影響が生じないことなど金融機関にとっては計り知れないメリットがあるはずです。このことを広義の経済合理性があると表現することもあります。
さらに、私的整理の事業計画では、モニタリング計画であるとか、事業再生に必要な新規融資を織り込んだ規定が設けられことが多くあり、再生計画の実行可能性も法的整理に比べて高い傾向があります。

(6)経営者保証ガイドライン対応が受け入れやすく、保証人の残存資産も多くなる傾向があること

私的整理でも民事再生でも経営者保証ガイドラインが利用可能であることは同様です。
もっとも、私的整理の場合には全行同意が原則となるため、民事再生の場合以上に時間をかけて、丁寧に説明することが多く、金融機関の信頼関係を得られることも多いと言えます。そのため、民事再生以上に経営者保証ガイドラインが認められやすいこと、残存資産としてインセンティブ資産が多く認められやすいという傾向があります。

3 私的整理と民事再生との比較

  私的整理 民事再生
対象債権者 原則として金融機関のみを対象 すべての債権者を対象(一部例外あり)
秘密性 金融機関以外に知られる可能性は低い 債権者だけでなく得意先にも知れ渡る可能性が高い
事業への影響 公に知られる可能性が低いため、事業への影響は生じにくい(事業価値への既存が生じにくい) 信用不安、風評によって顧客離れ、取引条件の見直し等求められる場合がある(事業価値が既存されるリスクがある)
手続の透明性・公正性・公平性 不十分な面がある(ただし、準則型私的整理の場合には、透明性等の確保も十分に可能) 裁判所(監督委員)の監督下で進むため、手続の透明性等は保たれやすい
計画成立要件 全行同意が必要 多数決(債権者の頭数の過半数と、議決権総額の2分の1以上の賛成を得ること)で成立可能
権利変更の内容 リスケジュール(全額返済)から債権カットまで柔軟な設計が可能 債権カット+カット後残高について最長10年間の分割払い
債権者の回収額 清算価値を上回ることが要件とされるが、民事再生を超える回収が期待できることが多い(事業価値の既存が生じにくいため) 清算価値(破産した場合の回収見込み額)を上回ることが要件とされているが、多額の回収は困難な事案が多い
成立までの必要期間 3か月程度から事案によっては数年程度要することも おおむね6か月程度(東京地裁の標準スケジュールの場合)