事例紹介1 私的整理(再生支援協議会)
売上高年商10億円程度、負債10億円程度
1 案件概要
東北地方で食品卸売業を経営していた会社である。
(1)窮境の原因及び状況
当社の祖業である漁業事業(遠洋漁業事業)が不採算事業に転落したのちも撤退の経営判断が遅れてしまったため、同部門に関連する赤字が財務内容を悪化させる要因となっていた。同部門に関しては、多額の社会保険料債務が滞留しており、延滞損害金の支払いが資金繰りを圧迫する要因となっていた。
また、加工施設等に多額の設備投資を行ったにもかかわらず、同部門は不採算、撤退を余儀なくされた。
以上の経緯により、結果として、収益力に比して過大、過剰な借入債務が残ることとなった。
(2)当事務所相談時の状況
当事務所に初めて来所した段階では、すでに資金繰りがひっ迫しており、金融機関に対する元本の返済だけでなく、金利の支払いも期日通り履行ができない状況となっていた。また、社会保険料、固定資産税等租税債務も長期間にわたって滞納しており、いつ、強制徴収手続に着手されるか予断を許さない状態となっていた。
当事務所では、バンクミーティングを開催して、会社の窮境状況を金融機関に開示すると同時に、手元の資金繰りの安定化及び滞納社会保険料、税金債務の支払いに充てるために、元利金の返済猶予を申し入れることとなった。
なお、この時点では、経営者は自主再建を希望しており、金融機関に対しては、上記元利金の支払い猶予とあわせて、事業改善のための時間の猶予を申し入れることとなった。
当社からの上記申し入れに対して、金融機関からは、正式な支払猶予の書面の取り交わしを得るには至らなかったが、当社は長年地元の発展に寄与した会社であること、東日本大震災の際にも地元のサプライチェーンの維持に貢献したこと等を評価いただき、事実上、支払の請求を控えていただくという措置をとってもらうことができた。
(3)事業再生に向けた取り組みへの着手
当社は、事業改善に向けて、経営管理体制の見直し、新規受注の獲得に向けた営業努力、不採算化しつつあった小売事業の撤退による本業への経営資源の集約化等の取り組みに着手した。
しかし、食品卸売事業にかかわる外部経営環境が好転しない中で、劇的な収益改善、収支改善をするまでには至らない状態が続いた。ただ、元利金に優先して滞納社会保険料、租税債務の支払いをすることができたことから、滞納残高は徐々に減少しつつあった。
(4)スポンサーへの事業再生支援の申し入れ
当社は経営改善努力を続けてきたものの、なかなか改善の歩みを加速させることができない状況にあった。加えて、中長期的な経営課題として、経営者の親族、社内従業員の中に後継者候補が不在という問題を抱えていたことから、主要仕入先であった会社に対して、スポンサーとしての事業再生支援を要請するに至った。
(5)再生支援協議会での金融調整について
当社は、スポンサー候補先からの正式な意向表明を受けたことを踏まえて、事前に金融機関に相談の上、県の中小企業再生支援協議会手続の利用を申請した。再生支援協議会では、財務DD等一連の調査を実施したうえで、スポンサー型の事業再生計画、すなわち、①当社事業は事業譲渡の実行によってスポンサーが引き受ける、②金融機関は、スポンサーからの事業譲渡対価に加え、残余財産(事業譲渡の対象とならなかった資産)を換価したことで得た金額をもって配当原資とする、③事業譲渡及び残余財産の換価後、当社は特別清算手続をもって清算するとの内容の事業再生計画を策定するに至った。本事業再生計画に基づく金融機関の回収見込み額は、当社が破産清算した場合の予想配当率を上回るものであった。
協議会で策定された上記事業再生計画を金融機関に諮ったところ、全行から同意を得ることができた。
(6)クロージング
当社は、事業再生計画に基づいてスポンサーに事業譲渡を実行した。これによって、当社の事業及び当社従業員は、スポンサーが承継したうえで、スポンサーの経営資源、ノウハウのもと、事業再生を実現することができた。また、スポンサーが事業を引き受けたことで、当社の事業承継問題も解決することができた。
金融機関は、本事業再生計画の遂行によって破産を上回る債権回収を実現するとともに、事業が引き続き存続することにより、取引先の保護、雇用の確保という形で地域へ貢献することができた。
経営者は、顧問的立場に就くことで、引き続き、当社事業に関与している。同人は、金融機関からの借入の保証人となっていたが、本私的整理は、準則型私的整理手続である協議会スキームで実施されたことから、経営者保証ガイドラインに基づき、保証債務整理も実現することができた。
2 事業再生及び経営者保証ガイドラインの活用が奏功したポイント
- 創業期から地元の経済、社会への貢献の実績があったこと
- 東日本大震災等未曾有の危機の中で、採算度外視で安全・安心な食の確保に向けて積極的に取り組むなど、企業の社会的責任を積極的に果たしてきたこと
- 社会保険料、税金等の滞納問題を解決できるめどがついたこと
- 再生支援協議会を活用して、透明性、公正性、衡平性の確保に努めたこと
- 金融機関債権者との間で良好な関係を構築することができたこと
- スポンサーへの事業譲渡について、経営者が早期に決断することができたこと